ベーシスト・吉沢元治さんを思い出す

今日はサンポーニャを吹こうと考えていた。

造形板絵人形の招き猫と観音さんがほぼ完成し、

初夏のすがすがしい風にあたりながら、

過ごしていた。

暗くなってサンポーニャのことを思い出す。

(サンポーニャ(西: zampoña)は、南米の旧インカ帝国の文化圏内で用いられる、閉塞した葦の管を吹いて音を出すパンパイプと呼ばれる管楽器の一種である。)

暗闇の谷間にひびく原始音、

森に、夜空に

どんどんと広がり昇ってゆく。


思い出す,サンポーニャを気前よくプレゼントしてくてた、

二年前旅立った森 政一氏のことを


思い出す、フリージャズ・ベーシストの吉沢元治氏との

セッションのやりとり


静寂と浄化された空気の中でサンポーニャは

共鳴してくれた。

吹いても心地よいリズム、

また吹いてもメロディーでない音の流れがうまれてきていた。




はて!モトハルさんのユーチューブを検索する。


私はコレクティブを学んでいたんですね。
  (Collective〜集合体)
もしくはインプロヴィゼーションみたいな遊び方を。
  (Improvisation〜即興)






吉沢元治
「ディスタンス」

Motoharu Yoshizawa (bass)
'Distance'

CD :
「割れた鏡または化石の鳥」
Modern Music / P.S.F.
PSFD-55 (1994)

Originally released in 1975
Produced by Aquirax Aida




あゝ麗はしい距離(デスタンス)、 つねに遠のいてゆく風景
悲しみの彼方、母への、 捜り打つ夜半の最弱音(ピアニツシモ)。

(吉田一穂 「母」 )







※吉沢元治(よしざわもとはる)ーGoo音楽

60年代に吉屋潤グループでデビュー。北村英治クインテット、沢田駿吾クインテットを経て、フリージャズの世界に進出する。66年には伝説的なエルヴィン・ジョーンズのピット・イン・セッションに参加。さらに、天上桟敷、赤テントなどの劇団と幅広い活動を展開する。70年代に入り無伴奏ベース・ソロを始め、デレク・ベイリー、スティーヴ・レイシー、高橋悠治、灰野敬二らと共演。また、海外のインプロヴァイザーの招聘や、即興のワークショップを行うなど、即興音楽の普及と後継の指導に努めた。ベースやチェロによる彼のインプロヴィゼーションは、精神の奥底に眠る禍々しいものへの不安感を無意識のうちに煽るようだ。--98年9月12日、肝臓癌で死去。闘病中に参加したギャーテーズの渋谷ラ・ママにおけるライヴが最後の演奏となった。
リンク元:http://music.goo.ne.jp/artist/ARTLISD1000244/index.html

神聖なるエコロジー

ようこそ

わたしは15歳のころ川の水質調査をしたことや、
27歳ごろ「自然はお金では買えない」のメッセージを伝える、
全国ヒッチハイク行脚をしてきましたが、
今に至るまで、環境を意識してきました。

きのうはアンバサダード・オブ・ライトの
集まりに行ってきました。
富士山の五合目下で、トーニングをしました。
樹海を眺め、富士山の頂上に向かって、の祈り歌です。

そして富士山のふところで、エコロジーとスピリチュアル
がからみあったトーニングしているわたしを
思い出しました。


※神聖なるエコロジーのビデオはこちらから
 リンクしてください。
http://www.japangreen.tv/journal/#/000060

※私達が生活をする上で、最も大事なこと、それは自然環境であり、都市で生活する私達は、もっと自然に触れる機会が必要であることを訴える現代のガンジーと言われる、サティシュ・クマール氏。

ありがとう。

ポンカン千切り

宮崎県日南市の鵜戸神宮近くのある
宮浦に滞在した。
友人宅のご厄介になり、早朝裏山の
ポンカン畑に向かう。
12月の真緑でつややかなものだ。
相当のアルバイト代を手にしたら、
ライブハウスがある宮崎市内へ、
日南海岸のドライブはアメリカの
ウエストコーストサウンドが似合っていた。

日南海岸
(宮崎県の観光名所の写真と観光ガイド、旅行ガイド PhotoMiyazaki)

奥多摩の山々

御岳神社に数度赴いたことがある。

御嶽


正確には武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ)というそうだ。

東京都青梅市(武蔵国多磨郡)にある神社。

武蔵御岳山の山上に鎮座する。櫛真智命などを祀る。

中世以降、山岳信仰の霊場として発展し、

武蔵・相模に渡る信仰圏を獲得したそうだ。

大晦日、友達とのぼりご来光を拝んだり、

就職先の新人だけ、男女18人ほどで、

山頂付近の宿に一泊したこともあった。

いずれも気分のよい時間だった。


はじめての無銭旅行

お金も持たずただ歩く人、晴れているときは心うきうき、
雨の日もそれなりに楽しく、自由の道を歩く。

ダンプに相乗りして、峠ちかくで降ろされ
私は山道を歩いた。そう、かなりの雨にリュックは濡れ
心細さを味わっていた。
高校卒業記念でひとり八高線に乗り、高崎から電車で
高原に向かった時とは違う。
緊張するはじめての無銭旅行だった。

榛名山のユウスゲ

榛名山のユウスゲ
(群馬県HP)

静岡か神奈川の陽だまり

リュックかついで、ヒッチハイクの旅

トラックからおりて、どこかの田舎道を

歩いていた。

fujino-yuki-3.jpg

陽だまりの道端に座って、

さて私の夢を思い出す。

ムーディーブルース(1970)

その満月の夜、
ピーターパンと私は
忘れられないレコードを聴くのでした。

Moody Blues - Nights In White Satin (1970)



晴天の朝、
伏見稲荷の前で、
これからヨーロッパ留学に向かう
ピーターパンと別れたのでした。

始まりは京都伏見稲荷うら

それは幾つもある

小さな鳥居をくぐるのでした。

ニコリ!わたしは行きます。

まだ見ぬ旅人仲間の住む家屋が

ありました。

伏見稲荷


ヤポネシア(Japonesia)とは作家の島尾敏雄が考案した語である。日本を指すラテン語「Japonia」に群島を指すラテン語の語尾「nesia」を追加してカタカナ化したもので、日本国ではなく日本列島を意味する。文芸評論やポストコロニアル批評、カルチュラル・スタディーズ、沖縄礼賛の文章において好んで用いられる表現である。

夢吉の恋修行

2週間ほど前の晩、
夢吉はかわいい恋人を我が家につれてきたのです。
どこかの野良ちゃんで、まだ子供でした。
はじめは警戒心が強く、すぐ縁の下に隠れるのですが、
すぐ夢吉が優しくサポートするのです。
二匹の猫の楽しい暮らしが始まったなと思ったころ、
ふいに居なくなったのです。
二匹でどこに行ったのでしょう。
一昨日の晩から姿を現しません。
2008/11


奮闘するジュリアーノ夢吉です。

今年の7月に出会った身寄りの無い猫、
四ヶ月たった今の写真です。
家にばかりいたんですが、徐々に散歩を
するようになりました。
そうすると近所の猫がやってきて、この一ヶ月は
テリトリーのことでしょうか、生傷が絶えません。
奮闘するジュリアーノ夢吉です。

2008/11

theme : 我が家の猫
genre : ペット

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ヤポネシア(Japonesia)とは作家の島尾敏雄が考案した語である。日本を指すラテン語「Japonia」に群島を指すラテン語の語尾「nesia」を追加してカタカナ化したもので、日本国ではなく日本列島を意味する。文芸評論やポストコロニアル批評、カルチュラル・スタディーズ、沖縄礼賛の文章において好んで用いられる表現である。

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